石原裕次郎 - 男の肖像

男の肖像身体美学講座 Fhysical Aesthetics

石原裕次郎

若い頃正面 若い頃正面

2013年3月6日

昭和を代表する、戦後最大級のスターなどと評される。
すなわち映画の黄金時代を飾った時代を代表する映画俳優。

圧倒的な華やかさでデビュー後またたく間にスターになる。
長身かつ足の長さに人々が驚いたともいわれる。
当時兄慎太郎も新進気鋭の芥川賞作家として注目を浴びていた。

兄弟はその後道は違えどもともに時代を築いていく。
石原兄弟が時代に与えた影響はきわめて大きい。

しかし意外な事実もある。
デビュー前、映画各社のオーディション受けて全部落ちている。
彼がデビューできたのはまさに兄の力だった。
そのいきさつについては既出である兄のページ参照

日本の生んだ世界的スターと言えば三船敏郎以外にない。
だが国内ではおそらく石原裕次郎の人気の方が高いと思われる。
(彼自身は先輩として三船を尊敬していたといわれる。)

両者の映画界入りは対照的である。
三船は会社側の手違いからオーディションを受けさせられた。
自分の本意ではないので、真剣に受験しなかった。
にもかかわらず黒澤明監督の目にとまり、採用される。

祐次郎は自分の意志で受けて全敗した。
だがこの事実はけっして彼の不名誉ではない。
古今東西、同様のエピソードがごまんとあるからだ。

二十世紀最大級のスター、ビートルズも一度落ちている。
二社目で合格はしたものの、才能を見抜かれた結果ではない。
担当者は興味を持てなかった。
察したマネジャーの落胆ぶりに同情しての採用だった。
と担当者のジョージ・マーチンは述懐している。
その後のビートルズ音楽の大半をプロデュースした才人である。

ようするに人は人の能力を見抜くことなどできないのだ。
人を審査するのは、くじを引くのとあまり変わらない。
いつも当たりを引く人間など存在しない。

彼は壮年を迎える間もなく病死する。
病気さえなければその後も長く活躍できたのだろうか。
それは誰にも分からない。

彼は病気には関係なく、すでに酒に溺れていた。
まるで自滅を望むかのように。
伝説的な早生のスターたちに多く見られる現象だ。
ストイックな高倉健と決定的に違う点でもある。
圧倒的な華やかさの代償だったのだろうか。

奇しくも同じ時代を代表する美空ひばりも同時期に早世している。
昭和の終わりを告げるかのように。