男の肖像身体美学講座 Fhysical Aesthetics

ビートたけし

陰影ある白黒正面顔

2011年10月5日

元々は漫才師、つまりお笑い芸人。
それも毒舌、下ネタ、下品なネタ満載という芸風。
知性とは対極の個性に思えるが、事実はまったく逆。
下品さ炸裂させていた頃から、知性の片りんも見せていた。

片りんはやがて大きく開花し、日本を代表するマルチタレントに。
好感度、人気がきわめて高い。
前述の個性にもかかわらず人望も厚い。
活躍の分野も多彩、特に映画監督としては権威ある国際賞も受賞。
欧州など海外での評価が高く、世界の北野とも評される。

俳優としても存在感あり、監督と俳優を兼ねることも多い。
だが商業的には今一つ、もしくはまったく不発なことも多い。
黒澤明監督も海外の評価の方が高かったが、不発はなかった。
それもまた彼らしいユニークさというべきか。

国内でそれ以上に評価高いのは知識人、文化人としての顔。
科学、芸術、哲学と教養の幅は広い。
画像の表情も哲学者風で風格を感じさせる。

テレビの教養番組の冠、司会として登場することも多い。
芸人としての芸名が知性的なステータスになっている。
一方で毒舌、下品な芸風も未だ健在。
シリアスな中にも笑いネタがちりばめられる。
本質はあくまでお笑い芸人らしい。

交通事故で顔にダメージ受けたが月日経過してかなり回復。
画像を見てもよく分からない。
少なくとも最近の首相よりはずっと貫禄を感じさせる。
いくつもの顔を持っている。だが政界進出はありえないだろう。

間違いなく近年のテレビを支えてきた一人。
映画界よりテレビ界への貢献度がはるかに大きい。
だが大衆のテレビ離れが深く静かに進行している。
最近最も視聴率稼いでいた人も引退した。
今後も視聴率を生み出す存在であり続けるのだろうか。

原田芳雄

若い頃の長髪白黒画像1 若い頃の長髪白黒画像2

2011年8月6日

二枚目俳優という感じではない。
野性的な荒々しさ故に汚れ役に近いイメージ。
例えるならダーティハリーのような。

だが本質的にはきわめてダンディーな俳優だった。
すなわち男性美を演出できる人だった。
汚い演出をしても本当に汚くはない。
非常にかっこいい汚れだった。

そのダンディズムは男に憧れを抱かせるに十分。
憧れを感じた男性も多いことだろう。
男優の松田優作も強く影響を受けている。
松田の個性も原田なしではありえなかったのかも知れない。

某女優が身近で見た印象を語った言葉は一言。
「美しい」だった。男性には珍しい賛辞。
男性美を強く実感したが故に自然に出たのだろう。

彼が登場した時代はすでに映画は斜陽化していた。
映画界に大スターはすでに存在し得なかった。
それでも彼の存在感は十分際立っていた。

下の画像は生前の近影だが、依然若々しくダンディー。
じいさんが当てはまる年齢だが、とても当てはまらない。
最後の舞台に登場したときは別人になっていた。
病魔によって命が尽きかけていた。
それでも出るのが最後のダンディズムだったのか。

メガネをした正面

ブルース・リー

斜め横顔、哀愁漂う表情

2011年5月25日

東洋の世界的アクションスター。
鮮烈な煌めきを一瞬放って夭折した彗星のごときスター人生だった。
その点でジェームス・ディーンと似た人生。
上の画像の哀愁の表情にも似た個性を感じる。

だがディーンのように芸術的名作を残した訳ではない。
世界的ヒット作は唯一のハリウッド映画「燃えよドラゴン」のみ。
その一作だけで伝説のスターとなった。
しかも同作は基本的にB級作品。名画とは認知されていない。

ではなぜ世界的スターになりえたのか。
荒唐無稽な活劇の中にも見事な美が表現されていたからだ。
彼のアクションはダンサーのような美に満ちていた。
舞踊に等しく動きに緻密な計算が働いていた。

アクション同様に男性美も体現されていた。
東洋人(白人の血も25%)ながら鍛えられた肉体美と精悍な表情で。
男性美のイメージは多くの男性ファンに刷り込まれた。

それは文化の一部になって今日に伝わる。
例えば劇画「北斗の拳」のケンシロウはブルースそのもの。
精悍さの中に哀愁を漂わす男の顔。ブルースがのり移っている。

下の画像は戦闘体勢のかまえ。
精悍でダンサーのように華麗で美しい。
動作に緻密な計算がされている。

ダンサーの決めポーズのような戦いのかまえの画像が多く残る。
彼のセンス、美意識の高さが如実に見てとれる。
彼のアクションスターとしての非凡さはまさにそこにある。
アクションを通して美を表現した。

そんな彼も最初のハリウッド挑戦では挫折している。
人種の壁を超えられなかった。
「燃えよ〜」は最初で最後のチャンスだった。

半裸で構える こん棒で構える

石原慎太郎

青年期の立ち姿 三島由紀夫と二人

2011年4月1日

画像は青年時代、右画像の手前は三島由紀夫。

弟は昭和の大スター。本人も弟に勝るとも劣らない華麗な人生だ。
そもそも弟にスターへのチャンスを与えたのも兄だった。
弟は映画各社のオーディションを受けていたが全敗していた。

一方兄は若くしていきなり芥川賞受賞という鮮烈な文壇デビューを果たす。
同作が映画化されるにあたって兄は、映画会社に弟の起用を条件にした。
弟の起用は大成功、兄弟揃っての華麗な成功物語が始まる。

兄の活躍は作家業に留まらず、自民党参院議員として政界にも進出。
当時の同党若手議員たちと血判状を作成して青嵐会を立ち上げる。
渡辺美智雄、中川一郎、ハマコーといった派手な顔ぶれだった。

彼らはその後同党の有力政治家として活躍する。
首相こそ出なかったが、それぞれ強い個性で存在感示した。
それも今は昔、多くはすでに故人、今も現役なのは石原氏ただ一人。

初の都知事選や自民党総裁選で敗北の経験もした。
だが存在感を失うことはなく、早世の弟同様人気は衰えない。
首相への期待が圧倒的に高い政治家となる。
だが政界に幻滅して一度引退。

しかしその後都知事候補として復帰当選、三期目の今に至る。
三度目の選挙は少し苦戦したが、二度目は史上最高得票数を誇る。
三期限りで引退の意向だったが、土壇場で翻意、四度目を狙う。
翻意の背景には多くの人々の熱烈な支持がある。

若い他の候補者に比して、ひときわ高齢。
だが存在感では他を圧倒している。他の人が小粒に見えてしまう。
最もダンディーでもある。
氏も小粒すぎてまかせられないと、翻意の理由を語る。

三島由紀夫とも時代は重なり、共に時代の寵児として接点もある。
上の画像から分かるように対談もしている。
そのとき思想的な対立から、三島が明言した。
「もし君がそうするならば、私は君を殺すだろう。」

石原は受け流したが、議論に火花が散っていた。
三島にとっても印象深かったようで、後に述懐している。
「これまでの人生で希有な魂のぶつかり合いだった。」

文学という芸術の世界。政治という現実の世界。
両方で成功するというのは男子の人生としてこれ以上ない。
華麗な人生はまだまだ続く?。下の画像は近影。

顔アップの近影

ポール・マッカートニー

2011年1月21日

ジョン・レノンと共にビートルズを支えた。
音楽の枠を超えて、芸術全体で見ても二十世紀を代表する天才の一人。
成果の大きさや影響力の広範さで他に例がないとギネスブックにも認定されている。
才能の質量が桁外れに高く大きい。幅も広く万能の天才とも言える。
例えるなら音楽界のレオナルド・ダ・ビンチ。

ポール顔斜めアップ ポール顔正面アップ

名ギタリスト、E・クラプトンはビートルズのスタジオに出入りした時期がある。
親友だったジョージ・ハリスンとの縁でだが、そこで見たものとは何か。
ポールの才能の豊かさに圧倒されたという。

担当のベースはロック界屈指の名手として名高い。
クラプトンが驚いたのはギターの腕前。
自身ギターの神様が、ポールのギターは素晴らしいと絶賛している。
(ビートルズのギター担当はハリスンだが。)

楽器奏者とは別にボーカリストとしても評価は高い。
才能の豊かさを示すエピソードは枚挙にいとまがない。
音楽界のダ・ビンチたる所以だ。

だが最大の名声はやはり作曲家としての実績。
これもギネスブックがポップス史上最大級と認定。
彼の名曲の特徴は大衆にも玄人にも愛される点。
玄人は当然ながら素人にも次元の高さが理解される。

そのため世界中の多くのプロが彼の曲をカバーしている。
しかもほとんどジャンルを問わない。
ベルリン・フィルなどクラシック界も例外ではない。
その質量においても彼に並ぶ者はいないであろう。

上右の画像は今となれば歴史的ビデオ映像のキャプチャー。
スタジオでピアノを弾きながら「ヘイ・ジュード」を歌う。
ビデオだけに映画『レット・イット・ビー」の映像より生々しい。
今に残る最も生々しいビートルズ映像かも知れない。

ジョン・レノンは小野洋子と幸福な私生活を築いたが悲劇的最期を遂げた。
ポールも米国人リンダ(下左)とよき家庭を築いたが、病気で愛妻を失う。
その後再婚するもうまく行かず離婚と苦難が続く。

とはいえ彼は健在。幸福な家庭生活もジョンよりはるかに長かった。
破滅することもなく健全な天才の人生はまだまだ続く。

ポールとリンダ ポール近影アップ