男の肖像身体美学講座 Fhysical Aesthetics

三船敏郎

若い頃正面

2013年8月22日

世界で黒澤明の名を知るものは三船も知るはずだ。
黒澤作品の最大の立役者、顔だからである。
黒澤の映像美に、欧米人も圧倒する重厚感を加えた。

下の画像は海外での映画ポスター。
上左は世界的スターが競演したハリウッドの大作「レッドサン」。
それ以外は黒澤作品。全部三船と黒澤が対で表記されている。

下右は初の黒澤作品「酔いどれ天使」
新人三船は主役ではなかったが、圧倒的存在感で事実上主役となる。
映画史に燦然と輝く黄金コンビの時代の幕開けとなる。

若い頃正面 晩年正面
若い頃正面 晩年正面

コンビを組んだ時代が、共に絶頂期となった。
黒澤の代表作はほぼ三船の代表作でもある。
故に三船あっての黒澤、黒澤あっての三船と言われる。

黒澤同様、海外で評価が高い点も共通している。
世界ではハリウッドスターも憧れる大スターだった。
東洋人が白人世界の憧れの的になった例は他にない。
黒澤同様、映画関係者の崇拝の対象となっていた。
日系人たちは三船を誇りに感じた。

三船の死は世界で大きなニュースとなった。
トップニュースになった国もあったという。
トップニュースになる日本人が他にいるだろうか。
政治家など誰も思い当たらない。

生前の三船自身は評価を高すぎると感じていた。
過大評価甚だしく、自分の実像と乖離していると。
喜びどころか苦痛に感じていたようだ。

一方国内の人気は世界と比例していない。
その点もまた黒澤と共通している。
両者とも世渡りは不器用な人間だったと思われる。

黒澤は自分を欠陥人格だと明言している。
トラブルがつきまとい、自殺未遂も起こしている。
三船も妻と泥沼の離婚裁判演じ、晩節を汚す。

石原裕次郎は死してなお時代の象徴として生きている。
高倉健は伝説に彩られ、老いてなお人望高めている。
二人は人気で三船に勝っているかも知れない。

結局三船と黒澤はコンビの時代が絶頂期。
コンビ解消後は、共にコンビ時代を超えることはなかった。
結果的に両者の代表作はほぼ重なることになる。

三船の晩年は不遇で、名声にふさわしいものではなかった。
死後国民栄誉賞の話も出たが、人格理由に却下された。
同賞を授与された黒澤と決定的に評価が分かれた。

しかし国内でも業界人の評価は高い。
世界での評価と基本的に同じ。
三船を崇拝する同業者は少なくない。
同業だけに価値を分かるということだろう。

監督の黒澤、俳優の三船、両者の輝きは一体で不可分。
二十世紀を代表する大衆芸術の一つ。
日本人が価値を知らないとしたら、両者に申し訳ない。

国民栄誉賞却下したときの政権は情けない。
同賞はスポーツでの選考基準も支離滅裂。
権威をはなはだ怪しくしている。

いまどき権威を信じている国民がどれほどいるのか。
価値の分からない政治家が自分のために選ぶ怪しい賞。
分かっている人はそう見ているかも知れない。

却下とは裏腹に三船の価値は不滅。
再評価はありえても下がることはないだろう。

黒澤明

若い頃正面 晩年正面

2013年6月3日

世界で最も有名な日本人かも知れない。
いいかえると世界で最も名声の高い日本人。
おそらく日本の政治家で並ぶ人はいないだろう。
一時的に知られても忘れられていく存在ではない。

黒澤映画の特徴の一つは絵画のような映像の美しさ。
絵画の素養を持つ監督自身、各場面の絵コンテを描いていた。
美しい構図が妥協なく追求されている。

代表作の多くは白黒作品だが、カラー顔負けの美を感じさせる。
美しい構図に満ちているからだ。
黒澤作品の魅力の半分は、映像美だと言って過言ではない。

例えば晩年の作品、「夢」に象徴的に表れている。
いろんな夢を映像化した構成、つまり短編の集合作品。
ストーリー性より幻想的な映像世界を追求している。
現実を超越した映像美の世界が見所となる。
それを感じなければ「夢」の価値は分からない。

黒澤作品は世界の映画界に大きな影響を与えている。
その演出や構図は多くの作品でコピーされている。
リメーク作品も多い。

コピーはなくても影響受けている作品は多い。
世紀の代表作に数えられる「ゴッドファーザー」も例外でない。
同作は派手な活劇なれど、映像美も追求されている。
コッポラ監督は絵画の要素の追求を明言している。
黒澤の代表作「七人の侍」の作風に通じる。

映画は総合芸術といわれる。
黒澤の才能は画家の美意識と脚本の創作力が柱。
その圧倒的な水準の高さが世界的な理由だ。
映画の絵コンテが画集として販売もされている。

しかし国内の評価は、世界での名声と比例していない。
名声のきっかけは「羅生門」の世界的な映画祭の大賞受賞。
なれど同作の国内での評価は特に高くはなかった。

だから同映画祭に出品もされていなかった。
同作に感銘した外国人の個人的努力で緊急出品された結果だ。
海外での評価の方が高い傾向は生涯ついてまわる。
欧米人の方が美について敏感なのだろうか。

映画が斜陽化し、晩年は映画製作が思うようにできなくなる。
ついには天皇とまでいわれた男が、自殺未遂事件を起こす。
彼は映画でしか自分を表現できない欠陥人間だと自嘲している。
実際晩年の作品の評価はあまり高くない。

だが黒沢の名声は不滅だ。
はたして彼を超える日本人が今世紀現れるだろうか。
世界に影響を与える最も有名な日本人が。

石原裕次郎

若い頃正面 若い頃正面

2013年3月6日

昭和を代表する、戦後最大級のスターなどと評される。
すなわち映画の黄金時代を飾った時代を代表する映画俳優。

圧倒的な華やかさでデビュー後またたく間にスターになる。
長身かつ足の長さに人々が驚いたともいわれる。
当時兄慎太郎も新進気鋭の芥川賞作家として注目を浴びていた。

兄弟はその後道は違えどもともに時代を築いていく。
石原兄弟が時代に与えた影響はきわめて大きい。

しかし意外な事実もある。
デビュー前、映画各社のオーディション受けて全部落ちている。
彼がデビューできたのはまさに兄の力だった。
そのいきさつについては既出である兄のページ参照

日本の生んだ世界的スターと言えば三船敏郎以外にない。
だが国内ではおそらく石原裕次郎の人気の方が高いと思われる。
(彼自身は先輩として三船を尊敬していたといわれる。)

両者の映画界入りは対照的である。
三船は会社側の手違いからオーディションを受けさせられた。
自分の本意ではないので、真剣に受験しなかった。
にもかかわらず黒澤明監督の目にとまり、採用される。

祐次郎は自分の意志で受けて全敗した。
だがこの事実はけっして彼の不名誉ではない。
古今東西、同様のエピソードがごまんとあるからだ。

二十世紀最大級のスター、ビートルズも一度落ちている。
二社目で合格はしたものの、才能を見抜かれた結果ではない。
担当者は興味を持てなかった。
察したマネジャーの落胆ぶりに同情しての採用だった。
と担当者のジョージ・マーチンは述懐している。
その後のビートルズ音楽の大半をプロデュースした才人である。

ようするに人は人の能力を見抜くことなどできないのだ。
人を審査するのは、くじを引くのとあまり変わらない。
いつも当たりを引く人間など存在しない。

彼は壮年を迎える間もなく病死する。
病気さえなければその後も長く活躍できたのだろうか。
それは誰にも分からない。

彼は病気には関係なく、すでに酒に溺れていた。
まるで自滅を望むかのように。
伝説的な早生のスターたちに多く見られる現象だ。
ストイックな高倉健と決定的に違う点でもある。
圧倒的な華やかさの代償だったのだろうか。

奇しくも同じ時代を代表する美空ひばりも同時期に早世している。
昭和の終わりを告げるかのように。

高倉健

若い頃正面 初老の正面

2013年1月1日

銀幕の中だけで生きている最後の映画スター。
すでに伝説化しているといって過言でない。
映画が斜陽化した今もステータス維持している希有な存在。

大スターらしく当たり役、はまり役が少なくない。
だが役柄は違っても、タイプ的には一貫性がある。
寡黙だが、誠実で行動力のある男の中の男。
同性が憧れる本物のスターの要素を見事に満たしている。

だが大スターはそれ故に、人格を維持するのが難しくなる。
イメージが膨らむほど重圧を受ける。
世界的スターとなった三船敏郎は、その苦痛を吐露していた。
「買いかぶりも甚だしい」と。
晩年の三船はやっと持ちこたえていた印象がある。
石原裕次郎は酒に溺れて、晩年まで身が持たなかった。
そういう例は内外に少なくない。

だが彼はまったく危うさを感じさせない。
私生活も謎めいている。
映画の中のイメージのままと想像させる。
映画と現実が重なっているかのように。

彼に関わった人々の評判もイメージ通りである。
大スターなのに、誠実で謙虚で人格者の評価が高い。
そのイメージがますます盤石なっているように感じる。
晩節を汚すことなく、伝説の中に生きている。

彼が健全であることは身体にも表れている。
高齢になった今もほとんど立ち姿が崩れていない。
生活と美意識が窺い知れる。

ここまできたらイメージを貫いてほしい。
最後まで高倉健であってほしい。
だとすればそろそろ幕引きが迫ってきている。